会長挨拶

   


会長 小野勝昭
  テーマ  「集まろう!皆で築こう奉仕と絆」

 東北地方太平洋沖地震発生以来4ヶ月が過ぎようとしている今日、未だに生活再建や原発事故収束への見通しを立てられずにいる日本。この国を治める人達は、どうしてこんな脆弱な国にしてしまったのか・・・
彼等国を治める人達が、「ロータリーの精神」を理解して国政と司っていたらならば被災地の復旧、復興は速やかに始まり不幸にも被災された方たちの嘆き悲しみはもっと少なくて済んだことと推測できる。

ロータリーの魂
「ロータリーの心」を解りやすく表現すると「一人ひとりが他人の立場に立って物事を考え他人の役に立つような行動をしよう」とすることである。
自分のことばかり考えていては、安心・安全・平和で住み良い社会を築くことはできない。お互いに相手の立場になって考える思いやりの心が大切なのである。
「情けは人の為ならず」というが、結局はそれが自分を幸福にする道である。― この様な思考がロータリーの持つ魂でありロータリーの言う奉仕というのは、そこから出て来る行為である。
ロータリー・クラブという組織は、この様な心を奨励し、こういった奉仕の道に熱意を燃やす人を育てようとする場でもある。どんな肩書きの立派な会員でも、人間である限り未完な器で、それ故ロータリーに来たら皆平等であると解釈している。そして、ロータリーについて考え、自らを高めるために語り合い学び合う所であると考える。

私見ではあるが、ロータリーは倫理向上を求める運動であり、奉仕の理想を求めて集まる職業人の団体である。会員は、職業倫理の向上を目指し、自己を高める事を最大の目標としている。それだけに、自分の仕事に携わる上で、ロータリーの本質とも言うべき奉仕の実践を怠らずに努力することが大切である。そしてこのことが、ロータリーは個人奉仕が基本理念であることに繋がり、また、他人に頼らず自分で考え学んで行動するところにロータリーの価値があると私は考える。

今年のテーマについて
ロータリアンとして、会費の納入、例会への出席、機関雑誌の講読が三大義務とされている。
自分の仕事に精を出し励むことで会費の納入は可能であるし、ロータリーの雑誌から情報を得、ロータリアンの目的への推進を支援し、例会、委員会、奉仕事業に参加することで仲間同士の意思疎通を図り、それを奉仕活動の実践に役立て地域社会に貢献する人の育成を図るという意味を含ませて三大義務を設けたと考える。
ロータリーでは何はともあれ「先ず出席」を言われる程、例会、各種会合に参加することが基本であり奉仕活動に繋げる重要さを意図している。この様なことを含めて今年のテーマを掲げた。

ロータリーの沿革
創立期に当たる20世紀初頭、北米シカゴの街は儲けるためには手段を問わず詐欺、殺人等なんでもありの卑怯な商行為が蔓延する誠に悲惨な市場原理に覆われたところであった。こんな悪徳市場原理が蔓延る街で正義感に燃える一人の青年弁護士が「相手の利益を考えることで自分も儲けさせてもらう」という当時としては珍しい市場原理を芽生えさせ会員同士の信頼の上に立った相互扶助と懇親を目指した、所謂互恵主義の相互扶助結社を創立した。
この「相手の立場を考慮する」という道徳的な考えを一層強固に普遍的なものに拡充し発展したロータリー結社であったが、「会員同士だけの互恵にとどまっている限り社会的存在意義が無い」との理由で入会を断る市民が相次ぐと、直ちに「何でも良いから社会のためになることをやろう」という目的を彼等は採り入れた。そうすると、後になってロータリー運動に不滅の足跡を印した二人の人物がロータリー結社、シカゴ・クラブに入会した。
一人は「ロータリーに於いて私は設計者で彼は建設者である」とポール・ハリスが回顧して述べたチェスリー・R・ペリーで、彼はシカゴ・クラブの幹事と、その後に続くRI事務総長を32年間歴任し、組織としてのロータリーの骨格を作ったのである。
もう一人は、ロータリーの精神的骨格を作ったアーサー・F・シェルドンで、彼が職業奉仕の概念を提唱したことからロータリーの綱領が改訂され、倫理的な事業行為の推進というロータリアンの理念は確立されたといわれている。
ロータリー創立後20年の間に綱領、定款、細則が整備され、クラブ、職業、社会の各奉仕部門の骨格ができて、社交や親睦、スポーツ等を目的とした他の慈善事業団体と明らかに異なる性格を持った「奉仕する職業人のクラブ」となった。
ロータリー創立25周年を迎える頃には「決議23−34」が採択されて社会奉仕に関するロータリー方針が決まったり、四大奉仕部門が設定されて職業奉仕という用語が公式のものとなったり、ロータリー財団の設立や日本にも東京クラブが誕生する等理念、組織を確立し米国内に留まらず、外国にも浸透することとなっていた。

90年前に東京RCを創立した米山梅吉氏は、ポール・ハリスが記述した「ある人物のビジネスは、その人の人と成りの最善かつ最も真実なる表現である、というのがロータリアンの考えである。事業生活が潔癖であれば、社会生活もそうである可能性が高い、ロータリー・クラブの会員からあなたの友人や私の友人が生まれるからだ。」(奉仕の一世紀参照)
というロータリーの思考を知り、「自分の利益よりは相手の利益、我社、我家より社会の安寧幸福を優先するという高い倫理観を会員に要求するロータリーに魅せられて日本にロータリー・クラブを創った。」といわれている。

ロータリー受難の時代
順調に活動を行っていたロータリーも、第二次世界大戦の影響を受けた。ロータリーの受難期と呼ばれている。ボストン国際大会で、シカゴのロータリアン ハーバード・J・テイラーが「四つのテスト」を提唱したり、ハバナ国際大会では「・・・自由・心理・正義・誓約の厳守、および人権の尊重が存在しないところ、ロータリーは存在せず、その理想が栄えることもない。」との記述があり、戦後の国連世界人権宣言のモデルとなった「人権の尊重」の決議文を採択した。
日本では、アーサー・F・シェルドンが提唱し、後にロータリーの精神を最も解り易く表現するものとして、RIの公式標語として採用した職業奉仕の概念を提唱した言葉に加えて、人としての奥深い筋道を表す言葉として公式標語に採用した「超我の奉仕」。この2つの標語の持つ意味を具体的行動指針に置き換えた「四つのテスト」と共に「日本人の文章として正にロータリーの真髄を突き、適切にロータリーの精神を表現している。」と注目された大連RCが宣言した5カ条の宣誓文(俗にいう大連宣言)が発表されて、日本にも深くロータリーが浸透していることが照明された。
しかしながら、戦火が拡大し激しくなるに従いロータリーは外国のスパイ組織ではないかと疑われ軍の圧力が加わり日本のロータリーは解散の憂き目を見た。イタリアやドイツ、スペイン等も事情は同じで大戦の5年間に11の加盟国が脱退し484のクラブが消滅した。
1945年世界大戦が終結すると脱退していた欧州やアジアのクラブが各国で復活した。
終戦の2年後47年1月ロータリー創始者ポール・ハリスが享年87歳で死去された。彼を追悼して、ポール・ハリス基金が創設され、大学院課程奨学金制度が始まった。

ロータリー拡大期
ロータリー創立50周年を迎える頃には、日本やドイツのクラブがRIに復帰し、ロータリー財団の第一回国際親善留学生派遣を設立するなど第二次世界大戦で停滞していたロータリーの活動は青少年活動プログラムを開始し、戦前にも増して活発になっていった。
1955年米国シカゴでロータリー創立50周年記念国際大会が、「四つのテスト」の提唱者ハーバード・J・テイラーRI会長を迎えて開催され、ロータリー記念切手が世界27カ国で発行される等拡大期を迎え、様々な活動が行われ始めた。米山記念奨学会の設立、インターアクト、ロータリー親睦活動、GSE、マッチング・グラント、職業分類指針の制定、ローターアクト等が開始されている。
1961年には日本で最初の国際大会が東京で開催され、翌1962年世界社会奉仕プログラムが発足しロータリーは人道的奉仕活動へと転換をした。1968−69年度RI会長にアジア地域から2人目、日本人で初めて東ヶ崎潔氏が就任した。
1977−78年度に日本では2回目の国際大会が東京で開催された。

ロータリー発展期
1982−83年度RI会長に日本人2人目の向笠広次氏が就任した。
東京で国際大会が開かれた翌年、オーストラリアのクレム・レヌフRI会長が「保健・飢餓追放及び人間性尊重(3H)補助金」プログラムをRI最初の国際奉仕事業として開始し、ロータリー創立75周年を祝った。
ロータリー80周年を祝い、ポリオ撲滅のために世界の全児童に予防接種を行うポリオ・プラスプログラムを発表し人道的奉仕活動の展開が行われ、1986年2月にはフランス人、ジャンポール・モロヴァル氏が100万人目の会員として承認されロータリーの発展期を迎えていた。
規定審議会は「女性会員の入会」を承認し、RI理事会は「職業奉仕に関する声明」を発表し、職業奉仕の新方針を採択した。職業奉仕は会員個人とクラブ双方の責任であることを認める。また、規定審議会は「職業宣言」(注1)や「社会奉仕」に関する声明、また、世界的なポリオ撲滅を「RIの優先事項」として承認する等数々の活動を実践して行った。
100周年目前の2003年にはクラブ数3万余、会員数が124万人を超え200の国と地域に拡がるロータリーは大きく発展した。

ロータリーの変革期
ロータリーが誕生して100年の間に世界の情勢は大きく変化し20世紀には戦争の時代、激動の世紀とも呼ばれる程世界経済での貧富格差は広がっていた。
特に第2次世界大戦後は東西冷戦が45年以上も続いたが1989年ベルリンの壁の撤去を端緒に東欧諸国の社会主義体制が崩壊し1991年ソ連共産党が解散しソ連は消滅した。東欧、アフリカ、中東アジアでは民族紛争が相次いで勃発し政治、経済の不安定な状態が続いていた。世界の人達の価値観は多様化し、そんな内で拡大していくロータリーは強い影響を受け創立100年を過ぎる頃から変革期に入ったといわれている。
東欧のユーゴスラビアが解体し、内戦勃発しコソボ問題が世界に大きく報道された1998年、ロータリーは「平和及び紛争解決の分野に於ける国際問題研究のためのロータリーセンター」の設立に同意し、2003年には第1期世界平和奨学生が研究を開始した。
日本で3回目となる国際大会が大阪で開催された2004年にはRI長期計画委員会、財団未来の夢委員会が設置され、2008年理事会が承認し現在に至っている。
(注1) 職業宣言
1989年、RI理事会は「ロータリー職業倫理訓」に代わるものとして、「職業宣言」を採択した。
その内容は、反発の強かった黄金律に関する項目と、完全なアフター・サービスの項目を削除し、青少年や地域社会に対する技術提供を行い、そして誇大広告の禁止を謳うことによって時代のニーズに適応したものとなっている。
この職業宣言は、ロータリーの綱領・倫理宣言・道徳訓など一連のロータリー思想の流れを確認し、ロータリー綱領の「ロータリーの目的」について更に具体的にその実践の細目あげて、改めてロータリーの倫理化の推進の目的を明確にしている。
その中でも第2項では国境を越えた「人倫の道とか道徳」といわれる高い倫理基準に名実共に忠実であるべきことを教え、第3項には「職業の品位を高め」とあり、また「天職」という思想を内に秘めて、「自らが選んだ職なのだからその職業に最高の倫理基準を推進せよ」と厳しく自らに命じている。第7項では誇大広告の禁止と、第8項にロータリアンへの特典贈与を戒めている。
(田中毅2680D.P.G.著 「ロータリーの源流」より)

105年を超える歴史を持つロータリーは200以上の国と地域、クラブ数33,800余、会員122万4千人余を有し、様々な人種と慣習、多様な文化や価値観を持つ職業人の奉仕団体として存在している。
ロータリー目的は社会の安寧と住民の幸福を求めて、会員が高い倫理観を築き、奉仕活動の実践をすることにあるのは100年前と少しも変わっていないと考える。
ロータリーが変革期に入ったといわれるのは、ロータリー精神が変わったのではなく、時代の変化に沿ってロータリー組織の維持の仕方や奉仕活動のやり方等、奉仕活動の方法論が変わってくるのであり、何時の時代でも見られることである。「変わらぬロータリーの魂を継承し伝承する行為」をクラブでしっかりと行っていけば、地域社会にも容認され続けロータリーは存続していくと考える。

調布クラブ
調布クラブは創立以来48年が過ぎあと2年で50周年の節目を迎える。そして幾多の奉仕活動の実績を積み上げてきている。
「停滞は衰退と死の始まり」との言葉があるが、個人に於いても、如何なる組織に於いても真理であると考える。それ故停滞は許されざることである。
創立以来、幾多の諸先輩方が、ロータリーの本筋から逸れることなく鋭意を重ねて築かれた調布クラブのロータリーの魂を、歴代の会長がそうであったように緊褌一番、一層活発なクラブの奉仕活動を実践することで今年度も守り継ぎ、次年度に引き継ぎたいと考え、テーマと5つの目標を掲げた。
目標
1. 一層活気のあるクラブの構築を目指す。
2. 例会は元より、諸会合への会員の参加。
3. 地元の地域社会での奉仕活動の展開。
4. ロータリー情報の提供とロータリーの理解を図る。
5. 楽しい例会とロータリー活動の実践。
委員会活動の具体的な内容は、各担当役員・理事・委員長を中心に全委員の方々が参加した上で「活発なクラブ活動を行うために何を成すべきか」を念頭にそれぞれ活動方針を立てていただいた。実りの多い年になること期待している。

調布クラブは毎週月曜日クレストンホテル8階で12時30分から昼食を兼ねて奉仕のための親睦と研修の場を開いています。
ロータリアンの方々も、またロータリアンでない方々も是非お立ち寄り下さい。会員一同大いに歓迎いたします。
2011−12年度 会長 小野 勝昭